続・続・子供時代の先生
今日は予報通りの大雪ですね。
こんな日はもちろん、みんな勢ぞろいでTVの前にいるのでピアノが弾けません(泣)オリンピックだってやってるしね・・・

しかも、我が家はパソコンも近くにあるので、皆様のブログを拝見しているときはいいのですが、カチャカチャ打つ音を出してしまうと、「ん?何?何やってるの?」と見られちゃいそうで・・・
そう、このブログは内緒なので^^;
いや~自由がないな
今も静かにコソコソとキーボードをたたいております。

それで続きですね。
M先生に習い始めてすぐ発表会がやってきました。
プログラム後半はそうそうたるお姉さま方が演奏されます。
小6の私にはものすごく憧れ~
音大を受験される方だけではなく、音大在学中の方も帰省して弾いてくれます。
いつか弾けるようになりたいな~と思う曲もたくさん。
アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ、リゴレットパラフレーズはそのときから今に至るまで憧れ曲です^^

レッスンのほうはM先生はとても穏やかな先生だったので、叱られる!といったことはないのですが、さりげな~く、ん?これ、厳しいこと言ってるよね?ってこともいっぱい^^;
今思えば、M先生とてもリッチな先生でした。
グランドピアノが2台。
1台はレッスン用、1台は先生用。
でも、そういえば先生が弾かれるのは聴いた事がなかったです。
その当時50過ぎでいらしたと思うんですけど、講師演奏はなかったですね。

そして、何より!チェンバロがあった!!!
これは先生のお宅の二階の部屋にあったのですが、バッハが上手に仕上がったとき限定?なのか、たまに弾かせてくれたんです。
いや~バッハをチェンバロでなんて、今考えると何て贅沢なんでしょう~
先生はバッハが好きだったんですね。
それでなのか、勉強になるからなのか、インベンションに始まり、シンフォニー、フランス組曲6つ全部、平均律第1巻のほぼすべてと、けっこうやっていたようです。

M先生には私が大学受験勉強に入るときまで習いました。
最後の高2の発表会は好きな曲を弾かせてもらい、ショパンのスケルツォ2番でした。
(それまでは先生が決めてくださった曲だったので、イヤだな~と思うものもありました^^;)

その後、実家から離れて大学に入り就職した私はずっと先生に会うこともなく、年賀状のやりとりだけでした。
第一子を里帰り出産したときに子供を見せに行ったとき、とても喜んでくださいました^^
そして、次の再会は一昨年の夏でした。

あ、この話も書きたいですが、またにします・・・(またかい?って思わないでね・・・
一応子供時代の先生の話はオシマイです^^
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[2014/02/08 16:41 ] | 子供のころ | コメント(4) | トラックバック(0)
続・子供時代の先生
次に習ったH先生はM音大を卒業されて数年?恐らく30前後の先生でした。

おもしろくて、優しくて、でも時には厳しく、私はH先生が大好きでした。
この頃、姉が部活で忙しくなってピアノの練習ができず、レッスンに行きたがらないのをいいことに、代わりに私が行ってました^^
というわけで、週2回のレッスン!LUCKY
ソルフェージュや聴音、楽典をやってもらい、盛りだくさんで楽しかったのを覚えています。
楽典について何をやったか、全く覚えてませんけどね^^;

H先生には3年ほど、発表会も3回出ました。
この頃何をやっていたのか、あまり覚えてないんですが(小さい頃の記憶に乏しい私・・・)、ハノンやツェルニー、バッハをはじめ、ソナチネ(ソナタ?)他にもう一冊と結構やっていたような気がします。
そのもう一冊で覚えているのが、湯山昭さんのお菓子の世界。
子供の発表会で聴くと、あ~懐かしいなと思います。
大人になった今聴くと、曲もきれいだったり、おもしろさがあったり、いいなと思えるんですけど、その頃はあんまり好きではなかった・・・
使っていた楽譜を見ると、大半の曲をやってたみたいですから、先生が好きだったのかもしれませんね。

どういう経緯かわかりませんが、母がお友達からH先生の恩師のM先生がいいと聞いてきて、結局そのM先生にみてもらうことになりました。
M先生は何人もの生徒さんを音大に送り出している先生でした。
このとき私は小学校6年生になっていましたが、初めて行ったときに、まず基本的な部分でいろいろ指摘をうけました。
手の形や姿勢など、直すのにものすごく大変だった覚えがあります。

長くなりましたので、また続きは書きたいと思います^^
[2014/02/06 17:50 ] | 子供のころ | コメント(2) | トラックバック(0)
子供時代の先生
ピアノを始めて習ったのは、3歳半ごろだったようですが、姉の通っていたKAWAIピアノ教室に私も行きました。
4つ上の姉のレッスンにいつも同行していたので、自分も参加したくてウズウズしていたようです。

聴音の練習で先生、ドミソと弾く。
姉、「ド・ミ・ソ」と答える。

先生、レファソと弾く。
姉、「レ・ファ・ソ」と答える。

そんなこんなのやりとりのあと、
先生が弾くと即座に私、
「オヘソ!オヘソ!」と言って参加?邪魔?していたようです^^;

その先生には3年ほど習いましたが、どちらかというと細かいことにはこだわらない先生だったので、その後苦労しました。姿勢から、手のかたちから、指の使い方などなど。
でも、この先生のおかげでピアノは大好きになりました。

どんどん先に進むことが好きだった私は、先生から出された以上に勝手に進めていたようです。

次の先生になぜ代わったのか、小さい頃だったので今ひとつ記憶にありませんが、次の先生はT学園大学卒業のピアノ演奏も現役でされている先生でした。

この先生とは1年でおしまい。

だって、ものすごく怖かったんだも~ん・・・

小学校1年か2年だった私は、基本的に1人でバスに乗って先生のお宅まで行ってましたが、時間ちょうどじゃないとお宅に入れてもらえませんでした。
5分前でもダメ。
悪天候の日、暑い日、寒い日、どんな日でもちょうどの時間ではないとダメ。
バスの時間もあるから仕方がなく、早めに行って、玄関先で待っていました。

そして、レッスンのほうも、怖かった・・・
にこやかな顔は見た記憶がありません。
どんなに頑張って弾いていっても、褒めてもらえない。
どころか、だめなところがあると、手をたたかれる。
今では、考えられないですね。

ここで、ピアノが嫌いになってやめていたら、今の私はないので、よく耐えた?と思います。
(一年だけだったけど。。。)

次は家に来てくれる優しい先生で大好きでしたが、その先生はご主人の転勤によりやはり1年ほどでおしまい。

子供時代の先生はあと2人。
また今度書きたいと思います。
[2014/02/05 16:48 ] | 子供のころ | コメント(2) | トラックバック(0)
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